(民話)
玄興寺のきつね




 むかし、玄興寺の住職さまが、火葬場へお経をあげに行かれました。秋のよく晴れた日でした。小糸坂をのぼって、道から三、四十間北へ入った所が玄興寺の焼き場です。住職さまは、万霊塔を小僧に掃除させ、花をあげて、ねんごろに供養されました。
 お経がすむと、二人は秋の草花の咲き乱れた小道を、ゆっくりと歩いて帰ってこられました。少し疲れたので道端の石に腰をおろし、腰のえんど(煙草入れ)を出して、一服吸っていました。
「あれ、ちんびきない(小さな)犬じゃ。」
小僧が茂みの中から、小さい赤犬を捕らえてきました.
「どれどれ、こりゃ犬ではないぞ、子狐じゃ。寺へ連れていって飼ってやれ。親にはぐれたんじゃろ。」
 寺へ帰ると、さっそく男衆(下男)に箱を作らせました。子どもや近所の人々まで、珍しがっていろいろ食べ物をくれるので、だんだん大きくなって、すっかり人に慣れました。
 もう箱に入れず、細縄をつけて日当たりのよい所につないでおくと、ころころ遊んでいるようになりました。

 ある日、高山別院のハッピを着た男が、玄興寺へ使いにきました。
「今夜この下の六兵衛方へ、ご輪番がお勤めに参られます。そのついでに、大変お邪魔ですが、お寺では先頃から子狐を飼っておられますそうで、ぜひ一度見せてもらいたいとのことです。もしお聞き届けくだされば、お勤めのすんだ後にお伺いしたいと申されますが、いかがでござんしょう。」
 まことに丁寧な口上です。夜中とは少し迷惑でもありましたが、別院輪番のお頼みとあっては、断りようもありません。
「承知いたしました。お待ちしとります。」
 使いを返すと、それから寺では急に座敷を取り片付けたり、ご馳走を作ったりして、輪番さまのおいでを待っていました。
 夜も大分更けた頃、ご輪番一行は、別院の提灯を先頭に山門を入って来ました。
 お茶が出、酒や料理が出されましたが、輪番さまはそれには手もつけられず、子狐を見たいと申し出られました。
 子狐を連れてくると、輪番さまは膝の上に抱き上げ、行灯(あんどん)を引き寄せ、つくづくと眺めて、
「これは、これは、かわいい子狐ですな、よく太って。みなさんが可愛がって育てられたのでしょう。」と、頭をなでたり、頬ずりをしたりしておられます。子狐もはじめての人なのに、おとなしく抱かれています。
住職さまも嬉しくなって、
「ご輪番さまは、とても子狐がお好きのようですなあ。」と申します。
「私は狐ばかりでなく、生あるものは、みな可愛いのです。この子狐はまたよく人に馴れて、私の膝でもう眠りかけましたよ。母親に離れた子狐も、すっかり安心したのでしょう。」
 輪番さまはそう言いながら、ご馳走の中のあげを取って、子狐に食べさせます。
 そうこうしているうち、輪番さまは急に改まって、
「今夜は特にお願いがあって参りましたが、内密のことですから、お人払いください。それから供の者に文箱を預けてありますので、それを受け取ってきてくださるよう。」
 住職さまは、さっそく小僧たちを遠ざけ、文箱を受け取りに自分で入り口に出てみると、供の者は一人もいません。輪番さまを放って帰るわけもないので外へ出てあたりを探したが、誰もいません。
「ご輪番さま、お供の衆はおられませんが…。」
 座敷へ戻ってみると、輪番さまの姿がありません。手水(ちょうず…トイレ)にでも立たれたかと、方々探しても、やっぱりどこにもおられません。探しあぐねて何気なく庭に面した障子を見ると、大きな穴が開いています。近寄って見ると、黄色い毛が少し紙についています。白い座布団には足跡が…
「ありゃッ、やられたわい。親狐め、子狐を取りに来おったんじゃわい。」
 住職さまは、呆れ顔で苦笑いをしておられました。


「飛騨の民話」より







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