梵鐘と鐘楼







 当寺の梵鐘と鐘楼は天明7年(1787)、高山の門徒(檀家)光賀市右衛門の篤志により出来あがったものである。
 梵鐘は天明7年10月鋳造した。治工は大阪の岸本平兵衛であった。
 鐘楼は天明7年8月釿始めし、同年11月完工した。工匠は当寺の門徒でもある川原町の名匠谷口與三郎(高山の祭屋台の彫刻:手長足長像等で有名な谷口與鹿の先祖)であった。
 また鐘は昭和17年(1942)太平洋戦争に供出し、現在の鐘は昭和21年に高岡市老子治左衛門(現釜V子製作所)によって製作された。


鐘が供出される時の勤行の様子


高山市中から多くの鐘が集められた


  ■ 谷口與鹿 ■ 

 飛騨高山の名匠で、春秋の高山祭りの屋台にその見事な彫刻が多く残っている。(麒麟台=唐子群遊、恵比寿台=龍・手長足長像、琴高台=鯉など)
 また、現在市街を流れる宮川の鍛冶橋には手長足長像のレプリカが飾ってある。


 



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