石  像





 境内の国道に面した所に「祖師(親鸞聖人)石像」と「蓮師(蓮如上人)石像」がある。
 「蓮師石像」は東京に奉公に出た西之一色の砂田久五郎がたいそう信心深く、故郷の人々にも念仏の教えを聞いてもらいたいと発願した。
 蓮如上人が6歳の時の母との生き別れの画と

    恋しくばたずねきてみよからはしの
          石立山は母のふるさと

という書を共に高山へ送り、大雄寺下の石工岡山新兵衛に依頼し明治27年に建立した

 「祖師石像」は上岡本の川端徳兵衛の長女せきの施主により昭和12年に建立された。
 せきは若くして満州にわたり、結婚して子女もあった。しかし、昭和7年満州事変が勃発し、一夜身辺に危険迫り、仏壇の阿弥陀如来木像を背負い逃げる最中、背中に銃弾を受けた。やっとで日本の陣営に辿り着き診察を受けたが、結果かすり傷ひとつ無かった。
 調べてみると、背中に背負ってきた阿弥陀様の片手に弾が命中し粉砕されていた。

 せきは仏様が身代わりに立って下されたのだと、以来いよいよ信仰を篤くし、先の久五郎に習い私財を投じて建立したのである。












 現在、境内国道沿いに建っている「蓮師石像」(左写真)と、砂田久五郎が東京から送った石像の原画と書(右の図)。 





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