南九州かくれ念仏を巡って
宮崎〜鹿児島
2004.2.17〜19

 1日目 安楽寺・田島かくれ念仏洞
 2日目 花尾かくれ念仏洞・鹿児島市内
 3日目 立山かくれ念仏洞・知覧特攻記念会館

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 南九州の各地には、《かくれ念仏》の歴史があります。

 江戸時代に薩摩藩を治めていた島津氏は、300年余りに亘り民衆を統治する宗教政策で『一向宗(浄土真宗)』の信仰を禁止しました。
 その理由は、一向宗信者にスパイがいたためとか、また本山への上納金として、財政難であった藩内の金が流出するのを防ごうとしたためなど諸説様々です。

 人々は、一向宗の信者である疑いがかかると拷問されるなど厳しく取り調べられました。信者であれば死刑、また信者でないとされても、その拷問の厳しさから、一生身体が不自由になった者、命を落とした者などがいました。

 そのような中で一向宗の門信徒達は、山中の洞窟(ガマ)や、漁師であれば船出した海上などにおいてお講を開き、「ナムアミダブツ、ナムアミダブツ…」と一心に念仏を称え、かくれ念仏の信者となっていったのです。
 また、信者の中には、お宮参りなどと称して京都の本山や藩外の寺院へ聞法に出掛ける者も居りました。その者達を通じて真宗の教えを聞き、禁制のしかれた藩内においても、人々はますます信仰を深めていったのです。