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玄興寺の「御 文」冊子本


 蓮如上人の自筆でありませんが「御文」冊子本1冊が伝来しています。実如上人の署名と花押がすえてあります。

 「御文」は蓮如上人が門徒の布教のために書き与えられた手紙ですが、それを蓮如上人の没後に、息子の実如上人が二百数十通のなかから、五冊八十通のいわゆる五帖「御文」に編纂しました。八十通の中に含まれないものは「帖外御文」と言い習わされています。玄興寺の「御文」本は五帖のうちの一冊ではなく、また帖内の御文以外に、帖外のものも混ざって二十七通が納められています。

■その内容は
  
1. 名塩本所収。「明応七年初夏中旬第一日」の四帖目第十三通

2. 超願寺本所収。「明応七年九月日」「帖外御文」。ただし年月の記載はなし

3. 蓮能本所収。「当流安心のをもむきといふは…」の帖外の御文

4. 蓮能本所収。「明応六年四月二十七日」の帖外の御文

5. 浄土寺真本所収。「明応七年十一月十九日八十四歳花押」の五帖目第九通
  しかし、年月日等はなし

6. 旧願泉寺真本所収。「明応七戊午十二月日」の帖外の御文

7. 名塩本所収。五帖目第二十二通「抑、当流勧化ノヲモムキヲ」

8. 名塩本所収。五帖目第一通「末代無智ノ…」
  
9. 名塩本所収。五帖目第八通「ソレ五劫思惟ノ本願…」

10.名塩本所収。五帖目第十四通「ソレ一切ノ女人ノ身ハ…」

11.道宗写本所収。「明応七年戊午卯月十日」四帖目大十四通

12.高田本所収。六日講御書(明応六年)帖外の御文

13.道宗写本所収。「応仁二年四月仲旬蓮如」「帖外御文」の三通

14.高田本所収。五帖目第十通「聖人一流ノ御勧化ノヲモムキ…」

15.高田本所収。「文明九年九月十七日」四帖目第二通

16.蓮能本所収。「文明九歳九月二十七日」四帖目第三通

17.真宗寺本所収。「文明九丁酉十月日」帖外の御文

18.高田本所収。「文明第六六月中ノ二日」二帖目第十二通

19.高田本所収。「文明六年二月十七日」二帖目第六通、多少差異あり

20.真宗寺本所収。「明応五年十一月二十一日」「帖外御文」六十一通

21.善巧寺本所収。それ当流開山の一義…往生をとくることまれなり」と
  「帖外」六九の「このゆへに今夜より…明応六年丁巳十一月二十一日」

22.道宗本所収。「明応六年十一月二十五日」「帖外」七十

23.超願寺本所収。「明応七年十二月十五日」但し和歌はなし

24.了西本所収。「当流の意は一念発起…」和歌二首まで、三首目はなし

25.超願寺本所収「抑々十悪五逆五障三従の女人も…」「明応七年二月日」に類似。
  しかし後半部分「また人間のありさまは…念仏まふすへきものなり」の箇所はなし。
  「ソモソモ十悪五逆の罪人も…仔細あるへからさるものなり」と「実悟集」の和歌
  「このこころは、八十地にあまる冬くれて張るもまたぬ老らくの身や」と
  「明応七年十二月日」26、蓮崇本所収。「文明五季卯月二十五日」一帖目第六通

27.善性寺本所収。「それ八万の法蔵を知るとも」五帖目第二通です。
   (片かなはひらがなに直した)

 二十七通中十四通が五帖「御文」に含まれ、残り十三通が帖外の「御文」です。帖内八十通のうちでは、一帖目から一通、二帖目から二通、四帖目から四通、五帖目は七通で、三帖目の御文は一通もありません。

  

 
 「五帖御文」は蓮如上人の死後、実如上人の時代にその嫡男円如上人が、二百数十通のなかからまとめたものと考えられます。しかし、蓮如上人の時、既に五帖がまとめられていたという説もあります。玄興寺のこの「御文」本は、五帖から漏れた「御文」が半数近く収められており、その十四通は五帖に含まれている似通った「御文」に代わるものとは思えません。つまり既に五帖「御文」が成立していたのなら、このような帖外「御文」を含む取り混ぜ本は作られなかったでしょう。この「御文」は、実如上人が五帖「御文」を編纂する以前の過渡期のものとも考えられ、貴重なものです。