HOME



「六字名号」





 覚瑛の由緒では、文明9年に蓮如上人より「南無阿弥陀仏」の六字名号も授与されたとあります。現在六字名号が2幅伝来していますが、そのことで絵像本尊も同じ文明9年に授与されたこととして言い伝えられてきたのかと思います。文明9年という年号については、わかりません。

 名号は、2幅とも草書で書かれていますが、よく見かける蓮如上人の筆使いと異なっています。そのため蓮如上人のお父さんの存如上人の筆と言い伝えられていることもあります。

 そのうちの1幅の筆致は、愛知県碧南市 応仁寺に所蔵されていた名号と全く同じで、しかも応仁寺旧蔵の名号には表に蓮如上人の署名があり、裏に「応仁二年(1468)五月二十日」の年月日が記されている大変珍しいもので、蓮如上人が55歳にあたります。この名号は蓮如上人自筆で、しかも50歳代の頃の筆跡と考えられます。ですから、蓮如上人から名号を授けられて、真宗に帰依したということはいえるのではないかと思います。

 もう1幅の六字名号は、蓮如上人筆とはいえないようです。九世実如上人でも、十世証如上人・十一世顕如上人・十二世教如上人の筆でもないようです。江戸時代のものとは考えられませんので、ひょっとすると言い伝えのように、蓮如上人の父、存如上人の筆かもしれません。

 名古屋の同朋大学が『蓮如上人名号の研究』という本を出版されましたが、その中にもこの筆致の名号は見当たりません。また高山教区でも、高山別院で蓮如上人の五百回御遠忌の記念として飛騨の真宗寺院を調査しましたが、やはり同じ筆致の名号はありませんでした。(その成果は『蓮如上人と飛騨』として、飛騨に残る蓮如上人ゆかりの法宝物を掲載しています)。

そうなると大変珍しいものとなりますが、今後の研究に待ちたいと思います。