HOME


玄興寺と「正信偈文」


 このほか、蓮如上人の筆になる『正信偈』文二行書き2幅が伝わっています。その1幅の裏に「正信偈文懸字二幅対 蓮如上人御真筆当山開基覚信法師江授与之飛州玄興寺什物也」とあります。「正信偈文」の箱に巻子の拝読文が一緒に収められていますが、そのなかにも、少し詳しく「延徳元年(1491)にもらった」ということが書いてあります。

 しかし、荒川喜一氏は『玄興寺記』ではこのことに全く触れず、江戸時代に八世覚道の時、加賀屋与平治が越中の商人より買い求めて、寄進したものと記載されています。これは十一代覚瑛の著した『歴代伝灯編 完』の、八代正誓の事跡として「…又当代ニ蓮師(蓮如上人)真筆正信偈二幅対北越ヨリ来至シ玉ヒケルヲ加賀屋与平治コレヲ請イ求メテ寄附コレアリ永ク今寺ノ什宝ニ備ヘラル…」と、書かれており、開基覚信が蓮如上人から直々に授与されたものではなく、江戸時代八世正誓の時に玄興寺に流入したものです。それでは裏書はいつ誰によって書かれたものかといえば、『歴代伝灯編 完』本文の筆致と大変似通っているので覚瑛のものと考えてよいと思います。覚瑛は、由緒には事実を書いたが、正信偈文を懸けて門徒の人々に披露する時には、寄進された事実を伏せ、開基覚信が蓮如上人本人より頂いたことにしたものと思われます。

■「正信偈文」は

 「本願名号正定業 至心信楽願為因

  成等覚証大涅槃 必至滅度願成就」

 「能発一念喜愛心 不断煩悩得涅槃

  凡聖逆謗斉廻入 如衆水入海一味」

と四句づつ書かれています。

 随分保存状態が悪く文字が薄く消えている所もあります。

 現在「正信偈」文は、飛騨では4カ寺に7幅が伝わっています。高山別院、玄興寺が蓮如上人の筆で、神岡の大国寺(本願寺派・お西)と城山照蓮寺(1幅)は蓮如上人の息子の実如上人の筆です。

 引用されるのはA「本願名号正定業 至心信楽願為因 成等覚証大涅槃 必至滅度願成就」、B「如来所以興出世…応信如来如実言」C「能発一念喜愛心…如衆水入海一味」、D「憶念弥陀仏本願…応報大悲弘誓恩」が書かれています。二幅の組み合わせは必ずしも決まっていないようです。玄興寺はAとC、高山別院はCとD、大国寺はAとB、城山照蓮寺は現存するのはBだけですが、以前はCもあったそうです。このほか照蓮寺末としては、先述の白鳥町の威徳寺に蓮如上人の自筆2幅(BとC)が伝えられています。

 ちなみに、下岡本町の願生寺所蔵の二行書き双幅は「正信偈」ではなく、『教行信証』の総序「噫弘誓強縁多生値真実 浄信億劫獲遇獲行信遠慶宿縁」と、行巻「十方群生海帰命斯行信者摂取 不捨故名阿弥陀仏是曰他力」の組み合わせで十一世顕如上人の筆です。